やっと感想を。
ダイジェストのプロローグから第1回・第2回とすべて拝見、拝聴した。(テレビの話)
かなり前にも言ってるけど、今では考えられない話で
姉の影響でオフコースを聴き、
小学校高学年に「さよなら」をリアルタイムで聴いていた世代である。私は。
その後、元春が出てきて、高校では佐野元春もオフコースもカバーするという
極めて特異なバンドを組んでいた(爆)。
いつかのクリスマス特番でもそうだったけど
だからこそ、この2人の組み合わせは非常に不思議で
それくらい接点のない間柄だったように思う。
おそらく、その特番が縁でこういう設定がなされたのだと思うが
今回、大学という環境において、「歌について話を聴く、学ぶ」というスタイルのなか、
お互いがリスペクトの念を抱きながら、トークを繰り広げているのが
非常に興味深かった。
佐野さんとしては、当初の、カタカナ英語をビートに乗せて歌うスタイルから
日本語をしっかりと聴き手に伝えるという姿勢に、明らかにシフトしてきている。
(ナポレオンフィッシュ辺りから?)
それだけに、ソングライティングとして「詞・言葉」を重視しているのが
今回の講座でもよくわかった。
英語でしか歌わないというような日本のバンドが増えるなか
あくまでも言葉の持つ響きと意味にこだわる。
小田さんへの質問にもそれが随所に見られた。
参加者の
「苦しみながらも、詞を書く意味とは?」という質問に
「いい質問だね」と大きく頷いていたことも、同じ。
オフコースの作り方が「曲先」というのは、当時から有名な話。
それだけに、詞に魅力があるという評論家もいるにはいたが
「私」と「あなた」の世界についていけない、という人も多くいた。
昔からアレン・ギンズバーグなどのビート詩人に
尊敬の念を抱いている佐野元春が
「言葉にできない」を分析するのが
ホント、今となっては驚いてしまう。
82年ラストの武道館で、「言葉にできない」の途中
声をつまらせた小田さんだったが、
当時はほとんど謎のままだった。
あれが何だったのか、オフコースは解散するのか
バンドサイドからは一切語られることもなく
ネットで情報が氾濫する今では考えられないくらい、緘口令が引かれたかのように
メディア(主に音楽雑誌)も何の実情も伝えることもできなかった。
(結局「活動停止」となり、後に鈴木さんが脱退したのは、周知の事実)
「言葉にできない」の作成当時から、バンドが危機的状況にあったと思わせた貴重な発言。
それが、少しだけでも小田さんの口から直接語られたのが、
何とも感慨深かった。
時の流れと言ってしまえば終わりだが、
こういう機会がなければ、永遠に聴くことのなかったエピソードだったかも知れない。
(今はそれほど小田さんの発言を聞いてないので、他で述べてるかも知れないけど、
鈴木さんに至っては、今でも完全黙秘だったような。)
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※追記:
実は鈴木さんは、ご自分のHP上で様々な質問にマメに答えてられます。
http://www.omgnet.co.jp/renewal_yassHP/yass/from/index.html
ですが、当時の状況についての質問には「言えない」と、かなり前に読んだことがあるので
上のような書き方となりました。
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言葉にできないほど哀しいのに
「嬉しくて」がラストにある。
これが大きい、と分析した元春。
「これでいける」と感じたという小田さん。
「言葉にできない」のエピソードながら
実際は、見えない言葉の重みを感じさせてくれた一瞬だった。
小田和正の回を見る限りでは
こういう作り手の思いと発想が
次の世代へと確実に受け継がれて欲しい、というような
佐野さんの信念が、ひしひしと伝わる講座・番組だ。
音楽、特に歌詞に興味のある人にとって
得るものは大きいのではないだろうか。
(それでもまだ、さだまさしが不安だ・・・小田さんの紹介か??)
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